テーマの写真を更新しました

今まで、WordPress のテーマである Twenty Eleven の中にデフォルトで入っていた写真を表示していましたが、ちょっとドイツらしくしようと思い、ミュンスター、ミュンスターラント、ベルリン、ポツダムで撮った写真の中から何枚かをピックアップしてアップロードしました。これで、ページが切り替わる度に、次々とドイツの写真が表示されることになります。

Twenty Eleven のテーマ写真は 1000 x 288 ピクセルという大きさが決まっているので、元の写真をリサイズしなければならないのですが、そんな作業を簡単にやってくれるソフトがないかと調べたところ、Th-MakerX というフリーウェアが見つかりました。使ってみると、とても簡単に、しかも画質も劣化することなくリサイズできました。なかなかお薦めです。

フランス人配偶者

なぜか、知人にはフランス人の配偶者をもつ人が何人もいる。

一橋のS氏もそうだし、ドイツに Suggestopedia を紹介したドイツ語教育の Rupprecht Baur(エッセン)や、国際応用言語学会会長で英語教育の Bernd Rüschoff(エッセン)、CEFR の4つの Savoirs を提唱したMichael Byram(ダーラム、英語教育)もそうだ。かれらはみんな家ではフランス語を(も)話している。

Baur と Rüschoff はもともとスラブ語学者 。Baur はその背景からブルガリアで Suggestopedia を学んだのだろう。Rüschoff はロンドン大学でロシア語文法について博士論文を書いている。

Byram はデンマーク文学で PhD を取った人で、人生で使う言語はどんどん変わっていくんだよ、以前よくできたことばも今同じように使えるとは限らない、またその逆もある、とぼくに(本人は下手になったという、しかしどっこい立派な)ドイツ語で話してくれた。

フランス大統領選の行方

フランスの大統領職は果たして誰の手に委ねられるのか。田舎貴族か、はたまた学歴エリートか。

François Hollande はフランスの典型的な高級官僚、政治家の道程を経ている。パリ第2で法学士を取得後、Sciences-po、HEC、ENA という三つの Grandes Écoles を出ている。学歴のてんこ盛りである。

貴族であること and/or Grandes Écoles を出ていることが、(いまだに)フランスでは重要であることは、日本ではななか見えない。

オランダ語の名詞の性

オランダ語は、元々あった男性名詞と女性名詞の区別がなくなり、一つの性(通性)になった一方で、中性名詞は残った。従って、現在は2性である。

しかし、ベルリンでオランダ語を習った女性教師はオランダ南部出身で、「南の人間は、今でも男性・女性名詞の区別が、なんとなく感覚で分かるのよ」と言っていた。

言語の変化は地域によって速度が異なる。オランダのような小さな(失礼!)国も例外ではないということを知ったことである。

ぼくのオランダ語学習歴

1988年の夏学期にベルリン自由大学でオランダ語コースに出たときの教科書が Levend Nederlands: Een cursus Nederlands voor Buitenlanders (Cambridge University Press)

確か一週間に一度、90分か100分の授業だったと思うが、半分に分けて、前半は LL で、後半は普通教室で学んだ。

さすがに北ドイツで行うオランダ語は進度が速く、1学期終了時の試験は、「読み」が新聞の論説。「書き」があらかじめ与えられていたテーマについてその場で手紙を書くというもの。「聴き」が論説文よりやや易しいものを先生が読み上げ、設問に答える形式(麻薬問題がテーマだった)。そこまでを午前中に行い、昼から一人一人先生の部屋に行って10分から15分の口頭試問を受けた。もちろんすべてオランダ語。

因みに、「読み」「書き」「話す」はドイツ人に伍して行けたが、「聴く」だけはまったくかなわなかった。なんにも習わなくても、聴いてなんとなく分かってしまう北ドイツ人には、やはり逆立ちしても勝てない。

オランダ語はいつオランダ語に?

『ターヘル・アナトミア』の扉ページを眺めていた。そこに、ドイツ語からオランダ語に翻訳した人の記載があるのだが、こんな感じ。

In het Neederduitsch gebragt door Gerardus Dicten, Chirurgyn te Leyden.

「レイデンの外科医ヘラルドュス・ディクテンによって蘭訳された。」

で、興味深いのが Neederduitsch というところ。ドイツ語の Niederdeutsch(低地ドイツ語)に当たり、現代オランダ語でいう Nederlands ではない。この時代、まだ自分たちのことばを Duitsch(誤解を恐れずにいえば「ドイツ語」、現代オランダ語 Duits、ドイツ語 Deutsch)と言っていたのだということが分かる。

さて、オランダ語はいつから「オランダ語」になったのか?

『ターヘル・アナトミア』という題名はどこから?

『ターヘル・アナトミア』は、Wikipedia によると「ドイツ人医師ヨハン・アダム・クルムスの医学書 “Anatomische Tabellen” のオランダ語訳」なんだそうだが、慶應図書館のオンライン版を見ると題名に “Tafel Anatomia” という文字はない。

最初に目につくのが “Tabulae Anatomicae” というラテン語表記で、ページを繰るとオランダ語で “Tafelen, benevens de daar toe behoorende Afbeeldingen en Aanmerkingen, …” とあるだけ。

さて、一体どこから『ターヘル・アナトミア』という名前が流布したんだろう?

「フルヘッヘンド」のこと

自分で「うずたかく積まれた書類の山」と書いて、『蘭学事始』の「フルヘッヘンド」を思い出した。これがどういう綴りなのか知りたくなって、ネットをあちこち見てみると、verheffen という動詞と verheven という形容詞までは当たりがついた。ということは、verheffend という現在分詞か?

仮名書きで面白いのは、v も h もハ行音で書いていること。当時は「フェ」などという便利な表記はまだないから、当然だとはいえ、どういう風に書くか、苦労したのだろうことが容易に想像がつく。

もう一つ興味深いのは、ver を「フル」と表記していること。弱音の e を含む前綴りを、現代だったらむしろ「フェル」と書いてしまうだろう。「フル」の方が原音に近いともいえる。長崎通詞もこう書いていたのだろうか。